フィリピンワニ (学名:Crocodylus mindorensis) は、クロコダイル科に分類されるワニの一種。ミンドロワニとも呼ばれる。イロカノ語ではbukarot、フィリピンでは一般的にbuwayaと呼ばれ、フィリピンでは本種とイリエワニの2種のワニが知られている。フィリピンの固有種であり、乱獲やダイナマイト漁などの漁法により、2008年に近絶滅種に指定された。マブワヤ財団などの団体によって保護活動が行われている。本種の殺害は固く禁じられており、法律で罰せられる。
名称
フィリピンでは一般的にbuwayaまたはbuayaと呼ばれるが、この語はイリエワニも指す。その他にも様々な名称があり、スペインの植民地時代の記録では、イリエワニは cocodrilo、フィリピンワニは caimán と呼ばれて区別されることが多かったが、これは英語の辞書や翻訳では採用されていない。ルソン島北部、カガヤン・バレー地方、シエラマドレ山脈では、イロカノ語、イスナグ語、イバナグ語、ヨガド語で bukarot や bokarot として知られている。イタウィス語、ヨガド語、ドゥパニナン・アグタ語、カリンガ語では lamag、ガッダン語では lamig と呼ばれる。ルソン島南部とフィリピン中部の島々では、タガログ語で tigbin、ビコール語、マンギャン族の言語、東部のビサヤ語族で barangitaw、セブアノ語および中部のビサヤ語族で balanghitao や balangita、マンギャン族の言語で burangas や burangarisと呼ばれる。ミンダナオ島とパラワン島では、アグサン語で nguso、マンダヤ語で sapding、マラナオ語で balangitao や dagorogan、バタク語で bungut、タグバヌワ族の言語で bungot と呼ばれる。
分類と系統
1989年まではニューギニアワニの亜種とされていたが、現在は独自の種となっている。クロコダイル属はおそらくアフリカを起源とし、東南アジアやアメリカ大陸へと広がったが、オーストラリアとアジアを起源とする説もある。クロコダイル属は近縁種である絶滅したマダガスカルのヴォアイから、約2500万年前の漸新世と中新世の境界付近で分岐した。
以下は2018年の年代測定に基づく系統樹である。形態学的、分子学的、地層学的データが同時に使用されている。また2021年のヴォアイから抽出したDNAを使用したゲノム研究も参考とした。
形態
吻は比較的幅広く、背中の骨板は厚い。成熟時には雌雄ともに全長1.5m、体重15kgに達する。体重69kgの個体の咬合力は2,736Nであった。全長2.7m、体重90kgを超えることは稀で、最大全長は3.5m、最大体重は210kgに達する。雌は雄よりわずかに小さく、全長は2.3m前後である。幼体は黄褐色で、黒褐色の帯が入る。成体は茶褐色から灰褐色で、模様は薄れる。
分布と生息地
フィリピンの固有種で、サマール島、ホロ島、ネグロス島、マスバテ島、ブスアンガ島では絶滅した。現在はルソン島の熱帯雨林内のノーザンシエラマドレ自然公園、サン・マリアーノ、バブヤン諸島のダルピリ島、アブラ州、リガワサン湿地、南コタバト州のセブ湖、プランギ川、シアルガオ島のパグンガワン湿地、おそらくアグサン湿原野生生物保護区に生息している。野生個体群は地理的に隔離されており、遺伝的多様性の減少が懸念される。ビサヤ諸島の一部では、生息地の破壊により個体数が大幅に減少した。
生態
昼夜問わず活動し、無脊椎動物、魚類、爬虫類、鳥類、哺乳類を捕食する。主に魚類を捕食するが、健康な魚よりも病気の魚を狙う傾向が高いため、魚類の健康状態が改善される。また最も個体数の多い魚を捕食することで、魚の個体数のバランスを保つ。さらにワニの糞には重要な化学物質が含まれており、魚にとって栄養価が高い。
4-6月に雌は塚状の巣を作り、7-30個の卵を産む。65-88日で孵化し、母親は幼体の声を聞いて孵化を助け、しばらくの間は保護を行う。15年で性成熟し、寿命は50年ほどと考えられている。
人との関わり
ナショナルジオグラフィックの番組では生後約2週間のフィリピンワニが紹介された。フィリピンの番組では孵化の様子や、外来種であるヒアリの仲間が卵を狙う様子も記録されている。メディアチームはヒアリの攻撃から巣を救った。さらに成体も記録されている。
脅威と保全
ワニの中でも最も深刻な絶滅の危機に瀕しており、IUCNのレッドリストでは近絶滅種に指定されている。成熟個体は約100頭と推定されており、非常に危機的な状況にある。かつてはフィリピン全土に分布していた。生態やイリエワニとの関係については不明な点が多く、現在の生息域を特定するには、さらなる調査が必要である。当初の個体数減少は商業的な捕獲が原因であったが、現在は人口増加に対応するための農地拡大による、適切な生息地の減少が原因である。政府による保全対策への支援は限られており、地元住民によって殺されることも多い。殺害が個体数の減少の主な原因であると考えられており、ルソン島北東部では、ワニと地元住民の持続可能な共存を目指して、コミュニティベースの保全が採用された。現時点では長期にわたる飼育下繁殖と再導入が最善策と判断されているが、野生個体群の管理プログラムも必須である。2007年にはワニ類の保護に携わる専門家グループが設立された。保護繁殖および野生復帰プログラムも行われている。1999年にイサベラ州から生きた標本が捕獲されるまで、ルソン島北部では絶滅したと考えられていた。この個体は「イサベラ」と名付けられ、2007年8月に野生復帰した際の全長は1.6mであった。1992年には野生個体数1,000頭未満と推定された。1995年には成熟個体数が100頭以下とされた。フィリピンでは危険な人食い動物とみなされているが、先住民からは尊敬されている。パンラブハン湖の住民を対象に行われた調査では、住民の間ではワニを受け入れており、危険という認識は少なかった。しかし部外者からのイメージは悪く、多くの人は人食い動物と見なしている。イリエワニと混同されている可能性もあり、実際にはフィリピンワニはおとなしく、刺激されない限り人を襲うことは無い。2001年には全国的に法律で保護され、ワニを殺すと最高10万ペソの罰金が科せられるようになった。2012年には元老院によって、フィリピンワニとイリエワニの保護に関する法律がさらに強化された。
文化
フィリピン全域の植民地化以前のアニート信仰では、本種とイリエワニは恐れられ、崇拝されており、現代までの生存に重要な役割を果たしてきた。スペイン人の記録によると、川や湖には多くのワニが生息し、人々はしばしばワニの近くで暮らし、魚釣りをしており、これはほとんどのヨーロッパ人の観察を警戒させた。一部のコミュニティでは、小さな竹の柵を立て、人々はワニを刺激しないようにしていたが、一般的にはワニに対する特別な対策はあまり講じられていなかった。ワニと人との間には不可侵的な関係があり、ワニを殺したりワニの肉を食べたりすることは非常に厳しいタブーであった。また、人を襲ったり殺したりするワニは、人間によって殺される。ワニが勝手に人を襲うことはないと広く信じられており、ワニの襲撃はタブーを犯した被害者のせい、または誓いを破った霊による罰として考えられていた。スペインのコンキスタドールであるミゲル・ロペス・デ・レガスピは1571年に、フィリピンの王たちとの条約は、協定を破った場合は死んでワニに食べられるという条件で結ばれたと記録している。ワニに食べられることは名誉ある死とみなされ、人の魂が虹を介してワニによって霊界に安全に運ばれると考えられていた。ワニは祖先の生まれ変わり、強力な自然霊の化身、または姿を変えた悪霊や魔女と考えられる。すべてのワニがこれら3つの化身とみなされるわけではないが、非常に大きい、特におとなしい、奇妙な色をしている、足が不自由である、目に見える先天性奇形があるなど、異常な特徴を持つワニはそのようにみなされることが多い。いくつかの島々の神話では、創造神はワニであり、ワニは霊界の守護者や、死者の霊の導き手とされることが多かった。また海底の村のような、並行する霊界にも存在すると信じられている。いくつかの民族はワニを直接の祖先とみなしており、首長や戦士はしばしばワニを祖先をした。ワニは「nono (祖父)」などと呼ばれることも多かった。死者の霊を守るためにワニの絵が棺に彫られたり、葬儀用の衣服に織り込まれたりすることがよくあった。ワニの歯は病気や悪霊から身を守るためのお守りとしてよく身に着けられていた。
現代のフィリピン文化ではワニは否定的に捉えられている。ワニは害獣であり、小さな子供や家畜にとっては脅威であると考えられている。貪欲、欺瞞、腐敗、縁故主義と関連付けられており、ワニを表す buwaya という語は、腐敗した政治家や政府関係者、金貸し、警察に対する侮辱として使用される。
脚注
出典
外部リンク
- Mabuwaya Foundation




